野生動物が闊歩する森を抜けると視界が広がった。
薄暗い森を抜けた喜びは無い。あったのは体にまとわりつく空気と荒れ果てた村。
今にも崩れ落ちそうな白っぽい屋根のある門を見上げると、擦れた文字が見える。
 タレ……ラ……。
 後は読めない。一歩門を潜る。
澱んだ空気に足を止める。目を閉じ胸に手を当てて心を静める。
「よし。」
 でこぼこの石畳の上を歩いていく。
荒れた道にぼろぼろの建物。
枯れ木が不気味さを駆り立てて水の流れていない大きな堀、それらが時の流れを感じさせる。
人気は感じない。いやあるはずが無い。
しかし……視線を感じる。振り向いても足を止めて辺りを窺っても誰もいない。
でも誰かの目はそこにある。それは間違いない。
歩くほどにその目は増えていく。
 深い森と未踏の断崖に囲まれたこの街が地図から消えて数百年。
知る人も無く、ただただ時の流れ行くままに存在する……。

 港湾都市イルナツエイブ。
大陸と大海を繋ぐ玄関として栄えて異国の風を感じられる街。
港は活気で満ちている。あちこちで聞こえる声は交渉しているのだろう。
時には怒鳴りあっているような声も聞こえる朝市の賑わい。冬なのに熱気がすごい。
今朝獲れたという魚を眺めていたら、混雑する朝市では立っているのも難しい。
「これが日常だよ。」
 そう言って笑う魚屋のおばちゃん。
「た、大変そうですね。」
「そうでもないさ。こうでなきゃイルナツエイブじゃないよ。」
 笑うおばちゃんは新しく来たお客の相手を始めた。
混雑に飲み込まれ歩くこともままならない中をゆっくりと進む。
時には立ち止まり興味のある無しを問わず陳列されている商品を眺めたりしながら進む。
「ユイン様、私達はどこに向かっているんでしょうか?」
「さぁな。流れるままに進むだけだ。」
 俺達は抗う事も出来ない人波に飲まれている。
 朝市をどうにか攻略して市街地を歩く。
 中心市街は近代化され規則的な商店の配置。高い所からみればそれがはっきりと分かる。
路地に入れば歴史ある街並みが今も残っており、観光客が写真を撮っている。
地元の人は大らかで陽気だ。聞けば夜の港近くのバーだと喧嘩もこの街の名所だと笑っていた。
行ってみようかとキカに言えば、絶対にダメです! と言われた。
まさか観光客に絡まないだろうと言えば、とにかくダメです! と言う。
そして、王族とは……、等と話し始めるから俺も諦めた。
で、今は通りをぶらぶら歩きながら店を覗いている。土産を見ていたら、
シャルローネ達に土産でも送ってご機嫌を取ろうと思ったので、目に付いた物をに買って送った。
「これで帰っても文句言われずに済みそうだな。」
「センス無いな、って言われそうですけどね。」
 ……それは言うなよ。
なんとなくテンションが下がったが、更に探索を続ける。
通りは人が多くなったので路地に入ったところで、
「すいません。少し……いいですか?」
 声の主は薄着の女。胸の前で手を組み俺達の正面に立っている。
この辺りに住んでいるんだろうか。そんな事はどうでもいいか、もしかしたら寒さに強いのかもしれない。
「何か?」
 俺が答えキカは辺りを警戒する。女を使った強盗の類かもしれないと思ったんだろう。
「お力を貸して頂きたいのです。詳しくはここでは……どうぞこちらへ。」
 女は返答を待たずに歩いていく。
「どうしますか?」
「どうするってお前。」
 女がこっちを見ている。
 どうしようか考えるが、なぜか視線に逆らえず後について行く。観光客で賑わう通りに出た。
その一角を占める公園に入る。公園の中は思ったより人が少なく話すにはいいかもしれない。
俺達はベンチに座り、
「イルナツエイブから南に向かうと<タレステ=ラミ>と言う村があります。お二人にはその街を救って頂きたいのです。」
 地図を思い浮かべる。確かその辺りは森だったはず。
キカは地図を出してそのタレステ=ラミを探している。
「んー、俺達に言うよりちゃんとした組織に言った方が良くないか?」
 女は首を振る。
「しかし私達よりは……。」
「村の事に気付いてくれませんから。」
 キカが口を閉じる。組織ぐるみでその村で何かをしているのだろう。
それじゃ言っても無駄だろうな、下手すれば彼女の身が危ない。
「そんなに厄介なら俺達二人でどうにか出来るとは思えんのだが。」
「お二人なら……。」
 女の目には確信に満ちている。
「お願いします。どうか村を救ってください。」
 ベンチに座りながら頭を下げるから、膝に頭がついている。
……どうする? ってキカを見る。キカも困ったような顔をしている。
助けてやりたい。そう思うが、二人ではどう考えても荷が重い。
頭を下げている姿を見ると守ってやりたいと思う。
しかし……、悩む。本気で悩む。
空を仰ぐ。寒空に鳥が飛んでいる。
目を女に向ける。小さく震えて膝に雫が落ちる。それを見た瞬間、
「分かった。」
 そう答えると女が顔を上げる。その顔は涙の後があったが笑顔が輝いていた。

 もう何年も人が入った痕跡の無い森に足を踏み入れる。
鬱蒼とした森に響く動物の鳴き声が恐怖を煽る。昼過ぎに到着したのだが、夜までに村に着く……か?
地図と磁石を頼りに進む。ここで迷ったら本気でヤバイ。
森を抜けた頃には空が赤くなっていた。
「もうすぐ夜か。」
 森を抜け視界が開ける。
ここに人の手が入ったのは間違いないと思う。荒れてはいるが人が通ったと思わせる道。
道の横には積み上げられた石。近寄ってみればそこは、
「……読めん。」
 読めないが文字らしきものが刻んである。この先にある村があるとかそんな感じの子とがかいてあるのだろう。
 白い門の前に立つ。その門には屋根があり中央には、
「タレ……、<タレステ=ラミ>ですかね?」
「だな。ここがそうなんだろう。」
 門の先には人の気配など無い。人の住んでいる形跡も見えない。
「……大丈夫なんですか?」
「ここまで来たら……行くしかない。」
 キカにと言うより自分に言い聞かせる。
 門を潜る。
「なんだか……重いですね。」
「なら荷物はここに置いておくか。」
「いや、そうじゃなくて……空気というか……。」
 門の中の空気は門の外と違った。キカは重いと言ったが俺は体中にまとわりつく感覚だ。
ま、似たようなものだな。
 村の中は荒れている。数年じゃなくもっと長い期間無人だったのだろう。
そうなると疑問が一つ、
「彼女は……この村に住んでるんでしょうか?」
「住んでたにしても最近じゃないよなー。」
 見渡しても屋根や塀が崩れた家、堀は大きく干上がっていて雑草だらけの公園と思える場所。
「ここに居るのは人って言うより……。」
 きょろきょろ見ていたキカの言葉が止まる。
俺もキカの視線の先を見る。鳥肌が立った。ここに人の気配は無い。
しかし、俺達の見ている先には『人の目』がある。見えている訳じゃない。
が、目が合っていると感じる。これはヤバイ。そう感じると俺達の周りからも視線を感じる。
居るとは思えない、気配だけの存在。
声が出ない叫べない。喉を鳴らし剣を握る。剣を握ってここまで安心できたのは初めてだ。
「ユイン様。」
「見られてるような気がするんだが。」
「わ、私もそんな気がします。」
 背中越しのキカが構えるのが分かった。
それを合図に襲ってきたのは、上は骸骨ぼろぼろの布を纏っていて足元は……無いっ!?
骸骨が骨だけの腕を振り回し突進してくる。剣を抜き受け止めた。
幽霊ではない手応え。剣を通じて感じる重み。
鍔迫り合いから骸骨を弾き飛ばしそのまま斬り上げる。
骸骨は苦しげに天を仰ぎそのまま……消えた。
「……ヤバイですね。ここ。」
「ああ、もう逃げられそうにないな。」
すぐそこにあった門が消えている。
「あれ……確か。」
「調べるしかないな、こりゃ。」
 キカの顔が青くなる。
「なんだ、怖いのか。」
「まさか、ユイン様をお守りするのが私ですよ? そういうユイン様こそ怖いのでは?」
「お前じゃあるまいし。」
 歩き出すと、
「そっちは門ですよ、今は見えないですけどね。」
「……うん、知ってる。」
 ゆっくりと慎重に探索を始める。当然街灯なんて物は無い。ライトの灯りだけが頼りだ。
「今夜は曇ってますね。」
 見上げると今にも振りそうな空模様。
「降ったらどこかで休むか。」
「……ですね。」
 妙な間が開く。休むと言っても崩れた家しか無い訳で。屋根があるだけ外よりはマシだけど。
家が連なる通りを進む。暗くキカの持つライトがゆらゆらと辺りを照らす。
「本当に誰も居ませんね。」
「まぁ居てもびっくりするけどな。」
「確かに。お互いびっくりするでしょうね。」
 小さく笑う。喋ってないとおかしくなってしまいそうだ。もし一人なら歌でも歌っているかもしれない。
「なぁ、ちょっと思ったんだがこの村を救うってどういう意味なんだろうな。」
「と、言いますと?」
「この村は人が居ない。盗賊とかが住み着いてるって訳でもない。組織ぐるみの悪巧みも無い。人がいないからそういった事があって村が困っているって訳じゃないだろ。」
「この村にいたのはあの骸骨氏だけですしね。」
「だろ、じゃ救うってどういう意味で言ったんだろうな?」
「骸骨氏から救うって言う……意味じゃ。」
 最初は笑っていたキカの声が途切れる。
前方から骸骨氏のお仲間が襲ってきた! 最初の一体を蹴り飛ばし剣を抜き撃つ。
「ユイン様、後ろからも!」
 キカと背中合わせで骸骨氏達に応じる。この骸骨達はさっきみたいに宙に浮いていたり、人みたいだが……。
ま、骸骨氏と肩を並べてこっちを見ている時点で……。
「なんなんだよ、ここは。」
「お、お化け屋敷だと思えばっ。」
「キカ、こ、声が震えてるぞ。」
「ユイン様も。」
 骸骨達が襲ってくる。後はキカに任せ前方に集中する。
一体を斬り倒す。その隙を突かれて左腕に痛みが走る。
「っ!」
「ユイン様っっ痛っ!」
 蹴り飛ばし剣を向ける。骸骨達は距離を取りタイミングを計るようにゆらゆらと動いている。
「アホか、俺の心配するより相手に集中しろ。」
「すいません、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。そっちも気をつけろよ。」
 俺の前にいる骸骨は二体。浮いてるのとそうじゃないのと。
剣を構え、浮いてない方に突進。直前で反転して剣に勢いを乗せる。
勢いが付いた剣を振り抜いた。相手は塀まで飛んで塀にめり込んだまま生気の無い目でこっちを見て、そして消えた。
ぞっとするがすぐに視線を骸骨氏に向ける。骸骨氏は目の前まで迫っていてその腕を振り下ろしてきた。
剣で腕を斬る。そのまま胴を撃つが、
「おいっ消えるのか!?」
 風を斬る。そして、背後に気配を感じた直後の一撃。
前に倒れこむが避けきれなかった。バッグから荷物が落ちる。
「このっ。」
 ゆらゆらと揺れる骸骨氏。その向こうではキカが奮戦している。
俺はバッグを捨てて構える。
向かってきた骸骨の腕を弾き一歩踏み込んで剣を突き出す。消えるが背後に来ると読ん剣を払う。
「無事で何よりだな。」
「ですね……ライト壊れましたけど。」
 キカが持っていたライトは砕けていた。
「仕方ない。目が慣れるまでどっかに隠れていよう。慣れればライト無くても大丈夫だろう。」
 そうして塀の影へしばらく隠れた。

 キカのバッグも破れたため二人分の荷物を塀の片隅に置いておく。
「持っていくのは包帯とかだけでいいですか?」
「ああ、必要な物があったらここまで戻ってくればいいしな。」
 包帯と水を持って探索再開。
 道はすぐに行き止まり。見渡すと石階段がありそこから堀に下りられそうだった。
石階段を下りると足首までの長さの草が生えていた。見上げると堀は深く階段以外からは上れそうも無い。
底には船の残骸が放置されていた。
かつてはこの船で行き来してた時期もあったんだろうな。
辺りを警戒しながら進む。見たことの無い草が生えていて近づくのを躊躇う。
「これ以上は……引き返そう。」
 行き止まり。橋が崩れていて先へは進めそうも無い。
そして振り向いた瞬間、影が襲ってきた!
影はばさばさと音を立てて突進して崩れた橋へと向かう。影につられて振り向いたら、
「鳥……?」
「着ぐるみにしか見えんな。」
 にしては巨大だ。崩れた橋を背にその翼を大きく広げてその危地橋から涎っぽいのが滴っている。
「どうやらこの鳥は俺達を食うつもりみたいだぞ。」
 鳥が鳴く。というより吼えるに近い声。
体が大きいから飛べないのか、翼をばたつかせまっすぐに突進してくる、
嘴を剣で斬りつけ勢いを止める。が翼が両側から叩きつけるように挟み込んでくる。
後に下がって間一髪で避けるがその祭に巻き起こった風が体勢を崩された。
キカが横から攻める。二発三発と入る。キカに嘴が突き出される。
俺は体勢を立て直しキカ横回転で避ける。
俺が斬りかかる。着ぐるみの体は硬い。だが怯む事は理由にはならない。
連続で斬りかかり嘴が俺を捉えようとする。それを剣で弾き首元に一閃。
首元は柔らかく不気味な悲鳴を上げ着ぐるみは崩れた橋を越えて行った。
「進化したんですか、アレは。」
「着ぐるみだろ……そう思おうぜ。」
 堀を探索し上れそうな石階段を見つけた。
上った先は広場。骸骨氏が現れそうな気配がする。剣を握り襲撃に備える。
広場の中央まで進む。村に来た時より空気が重くなったように感じる。
広場から先に建物が見える。建物は柱だけになっている。
「あそこに行ってみよう。」
「お気をつけて。」
「何言ってるんだ、お前も来い。」
 痛い痛いと言うキカの耳をひっぱって行く。
そこは一段高くなっていて時折柱の間隔が広くなったり狭くなったりとしている。
「元は屋敷だったのか、それとも市場か。」
「ユイン様、ここに地図みたいなのありますよ。」
 大発見。キカの所に行く。
かなり風化しているがなんとか場所を確認する事が出来る。
どうやらここは市場で村の中心らしい。で、俺達が来た道筋を辿る。
「で、どうしましょうか?」
「先に進むしかないだろうな。」
 その先は入り組んだ模様のように書かれていてその先には、
「劇、場……?」
「みたいですね。なんか嫌な予感しかしないんですけど。」
「それを言うな。とりあえず行ってみようか。」
「気が進みませんが……。」
 
 市場から橋を渡った先は、
「ここで……来るか。」
 墓場だった。
キカは座り込んでいる。
「もう、帰りたいですぉ。」
「俺もだ。ほら立て。」
 墓場を横目に見て進む。また橋を渡る、
「堀が入り組んでるな。昔は水源が近くにあったんだろうな。」
 深く広い堀。上から見ればここは船着場だったのか船の残骸が集まっている。
「周りは山に囲まれていたから大きな川でもあったんでしょうか。」
「だろうな……イルナツエイブで地図みた感じだと無さそうだったから何か事故でもあったかで埋まったのかもな。」
 調べるにしてもまずはこの村から脱出しないとな。
「見えてきましたね。」
 見えてきたのは立派な教会。辺りの建物は崩れているが劇場は崩れず存在している。
近づくにつれ空気が重くなる。劇場の方から声が聞こえた。そして後からは骸骨氏登場。
 劇場の前にいたのは堀で見たあの着ぐるみ。
「着ぐるみは任せろ。」
「分かりました。」
先手必勝。飛び掛り硬い嘴と撃ち合う。
まるで鉄の様な嘴。隙を突いて首元を狙おうとするが、その隙を見出せずにいる。
下手するとこっちがやられる。行動自体は読みやすいがそ分躊躇いがない。
鋭い嘴を避けても大きな翼が後一歩近づけさせてくれない。
そして下がれば嘴が突き出される。その速度と軌道は問題ない。が、攻めきれない。
 翼の動きを予測しその先へと進め。何度か繰り返したんだ。翼の範囲はもう分かってるだろうユイン。
突き出された嘴を避け、踏み込む。翼が来るがその範囲に出る。
翼が巻き起こす風が俺を飛ばそうとするが踏みとどまって間合いを詰める。
着ぐるみの首元向けて渾身の一閃が入る。鈍い感触が伝わり着ぐるみはその場に倒れこんだ。
後は骸骨氏だけ。振り返ると、キカが倒れていた。
「キカ!」
 走る。骸骨氏はキカに覆い被さるようにその不気味な口を開け噛み付こうとしている。
俺は剣を投げる。剣は腕を斬り飛ばすが骸骨氏は止まらない。
 間に合わない。
 そう思った瞬間、光が飛んできた。
骸骨氏は光を受け痛みを感じたのか、キカから目を離しその後方を見る。
俺からは見えないが骸骨氏は後ろに向かっていった。
俺はキカの無事を確認して剣を拾い骸骨氏を追う。
 骸骨氏と対峙していたのは、少女だった。
「はぁぁああああ!」
 少女は気合を入れるとその手に持つ扇が輝く。
輝く扇を骸骨氏に向ける。途端、骸骨氏が苦しげに呻く。
「っと、見惚れてる場合じゃないな。」
 キカは大丈夫そうなんでそのまま寝かしておく。
骸骨氏はまだ少女に向かおうとする。
その背後から斬りかかる。俺に気付いて振り返るがそのまま斬りつける。
腕を斬り落とし胸に剣を突きたてる。
骸骨氏の腕が振り回される。
「離れて!」
 少女の声に従って俺は後ろに跳ぶ。
真紅の光が骸骨氏の背後で弾けて骸骨氏が腕を広げ……消えていく。
骸骨氏が居た先に少女が立っている。
少女は金色の髪で赤いコートを着ている。手には扇を持っている。
「大丈夫でした?」
 心配そうな声。
「ああ、助かった。」
 少女が駆け寄ってくる。近くで見れば少女は小柄で髪は長く後で束ねていた。
「さっきあっちの方ですごい声が聞こえて……。」
 指差した方はさっき俺達があの着ぐるみに襲われた方角。
「ああ、それは……。」
 事情を説明した。で、
「あの、お聞きしたい事がありまして……いいでしょうか?」
 見上げてくる目は申し訳無さそうに俺を見ている。
「連れがあっちで寝てるからそっちでいいか?」
「あ、はい。」
 少女と肩を並べこっちを見ているキカの下へと向かう。
「ユイン様、申し訳ありません。」
「問題無いよ。立てるか?」
 キカは立とつがふらふらしている。
「大丈夫ですよ。」
「大丈夫そうには見えませんが……。」
「あの、こちらは……?」
「骸骨氏を倒したんだ、名前は……。」
「私は<レオンハルト>と申します。」
「俺はユイン、こっちはキカだ。訳あってここに来たんだが……。」
 レオンハルトと名乗った少女は何かを考えている。
「よろしければその訳を教えて頂けませんか?」
「訳も何もイルナツエイブでこの村を救ってくれって言われたんだ。」
 黙りこんだままレオンハルトは下を見ている。
「もしかして女の人じゃなかったですか?」
 キカと顔を見合わせた。
「知っているのか?」
「いえ、もしかしたらと思いまして…………。」
「知ってるなら教えてくれないか、この状況を。」
 再び下を見る。
「分かりました、私に分かる範囲でお答えします。行きましょう。」
 レオンハルトを先頭に歩いていく。

 歩きながらレオンハルトは話す。つまりこういう事らしい。
「んー。と言うことは『神代戦争』の負の遺物、があってこの村はその影響を受けたんだな?」
「そうです。どの陣営も<人間界>が混乱する事を望んではいません。」
「で、レオンハルトはなんなんだ?」
「私は<イコ>様の指示を受けて今も各地に残る<カケラ>の討伐をしてます。」
「カケラってのはさっきみたいのだな。」
「そうです。カケラは様々な形態でいます。が共通点が一つ。それは。」
「この村みたいなトコにいるのか。」
 頷くレオンハルト。
「聞きたいんだが、イコってのはあのイコ?」
「イコではなくイコ様です。」
 信じられないがレオンハルトの表情を見るには本気のようだ。
イコってのは神話にも何度も登場しているメジャーな神様だ。
性格は温和で怒ると鬼のようになる女神様。天真爛漫で見た目は少女のままとか言われてる。
人間界に現れたときに自分を助けてくれた人間には手厚く報い、そうで無い者には罰を与えたらしい。
「ふーん。で、ここか。」
「そうです。ずっと隠れ続けてて……ようやく見つけたんです。」
 立ち止まり前を見つめる。
その先は劇場。今は立派な門で塞がれている。
「ここだけ……朽ちてませんね。」
「この奥に元凶のカケラがいます。」
 門がゆっくり開く。
門の奥は思ってた以上に広く綺麗だ。
内側から流れてくる空気は視界が揺らぐ程澱んでいて呼吸するもの困難な程だ。
奥に見える舞台では二人組が踊っている。
「あれが元凶か。」
 剣を握り門を潜る。
「これより先は私が。」
「私達もこの村を救ってくれて頼まれましたからね。貴女一人を残してここで引き返すわけには行きません。」
「しかし人間が敵う相手ではありませんよ!」
「やってみなければ分からない。」
 そう言って俺は舞台に向かって駆け出した!

 二人組は男と女だった。二人は俺に気付くと踊るのを止めどこに持っていたのか男は剣を女は槍を手にしていた。
男は俺に、女はキカ達に向かう。
一撃を合わせ弾いた所をなぎ払う。男の服を掠めて俺は右に飛ぶ。俺のいた位置に男の剣が突き刺さる。
着地の反動で男に突進し体勢を崩し止めを刺す。
キカ達を見てみれば同じ様に決着が着いていた。
「これで……いいのか?」
 なんだか拍子抜けだな。これならさっきの着ぐるみとかの方が手応えあった。
「いえ……まだカケラが。」
「この二人じゃないんですか?」
「違います。カケラはまだ……。」
 空気が更に重くなる。
「何ですかこれは……気持ち悪い。」
 キカが胸を押さえる。サキも顔を歪めている。
三人が近寄り辺りを警戒する。レオンハルトの顔色が青ざめていくのが分かる。
「大丈夫か。」
「……はい。」
 小さく答えた声は震えている。体調は返事とは違うのだろう。
「俺でも分かる位にここは気持ち悪いんだ。」
 だからと言って気を緩める事は無い。
気配を感じた。それも言いようの無い間隔を伴って。
舞台にどす黒い空気が集まり形を作っていく様が分かる。
カケラ人の形を成してその薄黒い体に何か模様めいたものが描かれている。
長い髪は顔を隠し、その腕には大きな鎌。背は高く細な体躯が不気味さを煽る。
「禍々しい……っ。」
 レオンハルトが嫌悪を込めて呟く。
「俺は禍々しいなんて言う奴を初めて見たよ。」
「私もですよ。」
 キカも俺に同意してレオンハルトが微笑む。
「その余裕、頼もしいです。」
 レオンハルトを庇うように俺達立つ。
どす黒い空気の塊。それは人の形を成し、その手には巨大な鎌を持っている。
カケラはゆっくりとその長い髪の間から不気味な目で辺りを見回している。
舞台を降り、姿が消えた。
驚く俺達の目の前に姿を現す。鎌がうねり声を上げて襲ってくる。それを剣で捌いてキカが突っ込む。
キカの攻撃は鈍い音を立てるが効いてるようには見えない。
鎌が薙ぎ払われ俺達はしゃがんで避ける。立ち上がる時に剣を突き出し攻勢を保つ。
剣はカケラを斬るがカケラは怯まない。
長柄なら至近距離は捌ききれないだろう。カケラはその鎌を振るう事も出来ずにいる。
「くらいなさいっ!」
 レオンハルトの声と共に風が弾け、カケラがよろめく。
体勢を崩したところでキカが詰め寄り俺は剣を振り下ろす。
手応えはあった。が見ればカケラの体にほんの少しの傷をつけただけだった。
「どうすりゃいいんだ?」
 カケラは何事も無かったように立ち上がる。
「少しの間時間を稼いでください。」
「分かった。」
 カケラが鎌を地面に突き刺すと辺りに小型の気ぐるみの集団が現れた。
「手間のかかる事を。キカ耐えるぞ。」
「分かりました。」
 レオンハルトは扇を片手に気合を溜めている。
カケラは鎌を振り回し、着ぐるみ共はレオンハルトを狙うように攻めてくる。
鎌を弾き着ぐるみを蹴り飛ばし斬り捨ててカケラを殴る。
小型着ぐるみは強さはないが、その数で押してくる。
レオンハルトは集中しても中断されるのか、舌打ちをしながら小型着ぐるみを相手にしている。
「着ぐるみの相手は俺達に任せろ!」
 レオンハルトの背後に回りこんだ着ぐるみを斬り伏せる。小型着ぐるみに突進し何匹かを弾き飛ばす。
その隙をカケラが襲う。反転してレオンハルトを抱え距離を取る。
キカは小型着ぐるみを投げ飛ばしているが、次々と沸いてくる。
「キリがありませんね。」
「まったくだ。」
「もう一度集中しますので……。」
「任せとけ。」
 後は門。そこまで押されたが気にしない。敵は全部前にいるからな。
レオンハルトを庇うように剣を構え相手を見る。相手はこっちの隙を窺うように見ている。
こっちが攻めない限りは向かってこない。
 考えてみれば簡単な事だ。俺とキカはトドメを刺す事は出来ない。
言い換えれば、レオンハルトしかトドメを刺せない。だからレオンハルトを狙えばいい。
こっちもそれに合わせればいい。向こうが動くまでじっと待ってればいい。
何をしているのかは知らないが後でレオンハルトの周囲の熱を感じる。
危機感を持っているのは向こうだ。
カケラが堪えきれずに動く。それに釣られて小型着ぐるみも。
凶悪な鎌を受ける。切羽詰ったのか一撃は今までとは比べ物にならないくらい重かった。
足が地面に埋まるかと思う衝撃。小型が攻めてくる。それをキカが殴り飛ばす。
小型はキカに任せた。俺はカケラに狙う。
 隙を見せれば鋭く打ち返しカケラを後退させる。
上段から斬り下ろしてすぐさま斬り上げる。下がれば突き出し横に動けば薙ぎ払う。
その手に持つ鎌が俺を狙うがそれより速く俺が斬る。
剣はカケラの腕を斬った。血は流れず切り口と切り落とされた腕からが黒い霧みたいなモノ流れ出てが宙に消えていく。
カケラはその瞳で見ている。残った腕で鎌を持ち上げる。
バランスが取れないのか、振ればその重みに体勢が崩れている。
「これで、終わりだ。」
 よろめいたカケラの胸に剣を突きたてる。
 そしてレオンハルトが叫ぶ。
「下がってください!」
 その声に俺は剣を引き抜いて思いっきり飛び退く。
 レオンハルトの手が輝き扇がカケラを捕らえる。瞬間、カケラの周囲が赤く弾け空気が焼ける。
カケラは炎の中でもがき苦しみ天を仰いでいる。
 カケラが燃え尽きる。
「これで……終わりかな。」
 辺りを見れば怪しい雰囲気も無く、空気も少し軽くなったような気がした。
一条の光が射し空が明るくなってきた。
「朝になりましたね。」
 キカが体を伸ばす。
「ですね……。私も疲れました。」
「レオンハルトが居なかったらどうにもならなかったかもな。」
 レオンハルトは頬をかきながら、
「いえ、私もお二人が居なかったらどうなっていた、ありがとうございました。」
 頭を下げるレオンハルト。なんだか照れるな。
「しかし、あの女性は一体誰だったんでしょうか。」
「この村にカケラが現れてその時に命を落とした誰か……だろうな。」
 朝日がこの村を覆う霧を照らす。
「さて、帰るか。」
 劇場の門を潜ると、イルナツエイブで会ったあの女が立っていた。
「ありがとうございました。これで皆も救われたと思います。」
 頭を下げる。
「それなら良かったよ。徹夜した甲斐があった。」
 顔を上げにこっと笑い、朝日に溶け込んだ。 「さて、帰るか。」
「ですね。あ、荷物を取りに行かないと。」
 すっかり忘れてた。
「どっちだっけ?」
「あっちです。行きましょう。」
「あ、その前に、寄って行きませんか?」
「そうだな、手を合わせてから帰るか。」
 三人肩を並べ歩き出した。

 イルナツエイブに戻ってきた。
「どうします?」
「飯と風呂次に寝る。それ以外はない。」
「いえユイン様に聞いてるのではなく、レオンハルトさんに聞いてるんですが。」
「私の事はレオンでいいですよ、私もユインさんと同じです。」
 そこで俯く。
「でも、手持ちが心許ないので安いトコ探してきます。じゃまた。」
「それなら一緒に行きましょう。」
 驚くレオン。
「え、でも。」
「資金なら気にする事ないですよ。ね?」
「俺に聞くな。さっさと行くぞ俺は眠いんだ。」
 イルナツエイブの朝の雑踏。
たった一夜しか経ってないのにすごく懐かしく感じる。
もしここにカケラが現れたら……なんて考えるのは止めよう。
「良いそうですよ。さ、行きましょう。」
 まだ逡巡しているレオン。
「俺は眠いんだから早く来い。」
 レオンの手を引っ張って歩いていく。

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